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「私のバイク歴」 大久保精則

初めてバイクを運転したのは、高校1年生15歳の夏でした。友人が乗ってきた商業用原付バイクを西武線沿いの畑道に持ち込んで、クラッチとギアチェンジの操作を教わり、線路に向かってバイクを走らせユーターンして戻ってくる。最初はエンストを繰り返しながらも何とか走れるようになると風を切って加速していく気持ち良さを知り、何回か走っているうちにいつのまにかスピードを緩めるタイミングが遅れて、思わずフルブレーキをかけたらそこは土の畑道、思いっきり転倒し、そのまま線路の垣根に突っ込んでしまいました。垣根というのは枕木の支柱にバラ線を数段張り巡らしたもので、スティーブマックイーンのように(!?)バラ線に突っこんだ次第です。その時の腕の傷跡が今もかすかに残っており、その傷跡を見る度に当時のことを思い出します。

 

その後はちゃんと免許を取り、いろんなバイクと出会うことになるのです。
免許を取って最初に乗ったのは、叔父から譲り受けたスズキT500。当時白バイにも採用されていたツーサイクル500ccの2気筒、長いシート(余裕で3人乗れた)が特徴でした。初めてのツーリングは、このT500で友人達と十数台で軽井沢へのツーリングでした。
また、アルバイトですし屋の出前の配達をした折は、荷台に出前器付きのヤマハメイトを自宅に乗って帰っても良いと店主が言うので、このヤマハメイトで荷台の出前器に学生カバンを載せしばらく高校に通ったこともありました。

 

高校3年生の夏には、友人から借り受けたホンダのCB750K2(逆輸入車でメーターがマイル表示)で西伊豆に一泊のツーリングで初めてパンクに遭遇。当時は四輪用のタイヤパンドーしかなく、目検討で半分位をタイヤ(チューブ)に直接注入して何とか自宅まで帰った記憶があります。
 
高校卒業後と同時にバイクも一時卒業したものの、成人式を終える頃ヤマハDT250を手に入れてしばらくするとハーレーを代表とするホースバックライディングのバイクがはやり始、懐具合からハーレーは無理なのでアメリカンタイプのヤマハXS650を友人と一緒に購入しようとバイク屋へ申し込みに行ったところ、3気筒DOHCエンジンのXS750が目にとまり、友人と同じバイクではつまらぬと思いこの3気筒XS750に決めました。ハンドルを一文字の小さなものに替えハーレーのつもりで初めてのひとりツーリングは、石川県狼煙。中央高速の塩尻で降り、大町、白馬を経て国道の山道を走りぬけ糸魚川へ。駅近くの木賃宿を見つけ一泊。何とその宿の主人はバイクを玄関の土間に入れるようにと言ってくれたのをうれしく思い出します。翌日狼煙を目指し能登半島を一周。金沢でもう一泊し、日本海側から琵琶湖を通り,京都の友人に会って、名神・東名で帰宅。翌年は、マイナーチェンジした新型XS750で三重県尾鷲の友人の実家でお世話になったあと、奈良を抜け大阪茨木の友人宅でお世話になり、京都の友人に会って名神・東名で帰宅。とひとり気ままなツーリングを楽しみました。
また、途中ハスラー250を購入するも本格的にラフロードを走ってみたいと125ccのモトクッサーを中古で購入し、軽の中古トラックも買い入れそれにモトクロッサーを積んで桶川周辺に走りにも行きました。
 
結婚して数か月後の30歳の時に仕事で青梅に向かう途中新青梅街道瑞穂町長岡付近の道路補修工事箇所で自己転倒。後ろを走行していたCB750Fボルドールのライダーが大丈夫かと声を掛けてくれ、何で転倒したのか判らないが車線変更した途端に後輪がふらつき足払いを食ったように転倒したと答えると正にその通りに見えたと言う。お蔭様でXS750は大破したものの本人は軽傷で済みました。バイクの回収を依頼する電話をし、道路補修工事を眺めながら修理屋を待った。ほどなく修理屋が来てくれ、トラックの荷台に乗せ一緒に帰宅。しばらくして修理屋からタイヤに樹脂状の接着材らしきものが付着していると連絡があり、道路補修工事で車線の塗り替え作業の工程で、清掃後樹脂を塗り、塗装していたのを思い出した。間違いなくその樹脂の上を横切ったのだと確信した。すぐに東京都へ電話で事情を説明し、該当場所の工事施工者を教えてもらい直接施工業者に電話して事情を説明すると、確かに工事中バイクの転倒を見たという。しかし工事作業者の誰も何も声を掛けてくれなかったぞ、ふざけるなと言いたいのを我慢し、修理代を支払うよう伝えた。修理代は締めて40万円、無事支払ってもらったものの、家の大蔵省から生活費に充当するよう、そしてバイク禁止令が発せられた次第です。
 
結婚後多摩市民となってから同じ団地に住むヤマハFJ1100に乗る友人が出来、その友人がBMWR1100Rを買うのでヤマハFJ1100を私に買わないかと持ち掛けてきたのを機に40歳を目前に再びバイクに跨ることとなりました。その友人とのツーリングが楽しみでしたが、その友人は残念ながら癌で11年前に亡くなりました。彼との最後のツーリングは彼が亡くなる半年前に行った川崎大師。行きは国道16号から保土谷バイパスに乗りあとは彼の後を着いていくだけで高速で横浜を経由して川崎へ向かうという意表を衝く行程でしたが、いったいどこへ行こうとしているのかという不安とスリルを味わうことが出来た印象深いツーリングとなりました。その後、彼のBMWを乗り継ぎ今に至っております。また12年ほど前に従兄弟からTOMOS(オランダ製の原付)を頂き現場用に使用しており、今はBMWR1100Rと二台に乗っています。友人が亡くなってからは、あまりツーリングに出ておらず、6月にユーザー車検も取ったことだし今年こそはちょっと足を延ばしてツーリングに行ってみようと思っている今日この頃です。

[14.08.07]
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